【日本製】山中漆器の「わざと未完成」なトレイが、パリで絶賛された理由

「わざと完成させない」そう聞いて、皆さんはどんな製品を想像するでしょうか。
今回紹介するのは、石川県加賀市の山中温泉で400年以上続く伝統工芸「山中漆器」の老舗、浅田漆器工芸が生み出した、ひとつのトレイの話です。
このトレイ、2026年3月にパリで開催されたデザインサロン「MATTER and SHAPE」で発表されるやいなや、現地のバイヤーやメディアから大きな反響を呼びました。
海外のデザイナー、ティモテ・カプランさんとのコラボレーションで制作した「nuriwake tray」。
— おはる (@h_asada320) March 7, 2026
山中漆器は、木地師・下地師・塗師の分業によって完成します。
この作品では、普段は見えない漆器の工程を一枚の中で表現しました。
木地、下地、上塗。
漆のレイヤーを感じられるお盆です。 pic.twitter.com/gJ3MdALVZU
黒と赤の両面使い分けで季節の演出が自在
半月形で食卓に洗練された表情をプラス
ひな祭りからお正月まで年中活躍
完成させないことで、逆に完璧になった

その名も「ぬりわけトレイ」。名前の通り、漆を塗る工程そのものを、あえて途中で止めて見せるという、なんとも大胆な発想の製品です。
漆器づくりには本来、木地づくり、拭き漆、下塗り、中塗り、上塗りという5つの工程があります。通常であれば、これらすべてを終えてようやく「完成品」として店頭に並びます。
ところがこのトレイは、その5段階が1枚の板の上に順番に並んでいたり、単体のパーツとして工程ごとに切り取られていたりする構成になっています。
木の地肌が見えている部分もあれば、漆が艶やかに仕上がっている部分もある。つまり、職人が普段は見せない「作りかけの美しさ」を、そのまま製品として世に出してしまったわけです。
パリでの反応は、まさにこの点に集中したそうです。現地の観察者からは「漆が擦れて、下から白木が見える感覚に、洗練された魅力がある」という声が上がったといいます。
ヨーロッパの誤解を、逆手に取った

実はヨーロッパでは、漆器がプラスチックや樹脂製品と混同されてしまうことが少なくないのだそうです。艶やかで均一な表面の漆器は、天然素材だと気づかれにくい。
そこでこの「ぬりわけトレイ」は、工程を可視化することで「これは木からできていて、人の手で塗り重ねられているんですよ」ということを、言葉ではなく見た目そのもので伝えてしまいました。
この製品がヨーロッパで刺さった理由です。
環境意識の高いヨーロッパの消費者にとって、天然素材であることが一目でわかるデザインは、想像以上に強い説得力を持ったのだと思います。
伝統工芸が持つ「手仕事の跡」を隠すのではなく、むしろ主役にしてしまう。この発想の転換こそが、今回の評価につながったのではないでしょうか。
1年間の試行錯誤と、フランス企業との協業

この商品、思いつきだけで生まれたわけではありません。
ジェトロのマッチング事業をきっかけに、フランスの企業ANF Workと手を組み、ヨーロッパ市場向けの新商品開発に着手。バイヤーの声を聞きながら、従来の漆器の型にとらわれない商品を目指して、1年にわたる試行錯誤を重ねたといいます。
浅田漆器工芸は、2018年以降「グッドデザイン賞」や「全国伝統的工芸品公募展 内閣総理大臣賞」など、数々の賞を受賞してきた実力ある企業です。
今回のパリでの評価も、一朝一夕で得られたものではなく、こうした積み重ねの延長線上にあるものだと考えると、より説得力を持って受け止められます。
同社の浅田晃彦社長は「ヨーロッパの文化に近い質感やデザインを、漆で表現したい」と語っているそうです。海外の顧客ニーズに寄り添う「マーケットイン」の発想で商品を作ることの重要性を、今回の経験から改めて実感したといいます。
山中漆器という産地の底力

そもそも山中漆器は、16世紀後半にろくろ職人たちが山中温泉の上流にある村に移り住んだことに始まり、江戸時代半ばに漆塗りの技法が加わって発展してきた、400年以上の歴史を持つ産地です。
この産地が世界に誇るのが「ろくろ挽き」の技術です。
木が育った方向に沿って器の形を取る「縦木取り」という手法を用いることで、乾燥による歪みが出にくく、薄くて精巧な仕上げが可能になるのだそうです。中でも特徴的なのが「加飾挽き」と呼ばれる技法で、木地の表面にろくろで極細の筋を彫り込んでいきます。
その種類は千筋、糸目筋、ろくろ目筋、稲穂筋など数十種類にもおよび、わずか3ミリの幅の中に十数本もの線を挽く「千筋」という技術まであるといいます。中には木目と木目の間が透けて見えるほど薄く挽く「薄挽き」という高度な仕上げも存在します。
木地づくりから漆塗り、蒔絵まで、あらゆる工程に熟練の職人技が息づくこの産地では、お椀や汁椀、湯呑みといった定番の食器から、写真立てやボールペンといった現代的なギフトまで、幅広いラインナップが作られ続けてきました。
今回のような「あえて未完成を見せる」という挑戦的な発想が生まれた土壌にも、こうして何世紀にもわたって、木を薄く、精巧に挽き続けてきた技術の蓄積があったからだと感じます。
上品な松紋と深みのある艶で食卓が華やぐ
たっぷり容量で特別な日のおもてなしが素敵に
お手入れ簡単で毎年長く愛用できる
まとめ:山中漆器の挑戦から見える、伝統工芸の新しい可能性

- 山中漆器の老舗・浅田漆器工芸が、パリのデザインサロン「MATTER and SHAPE」で新商品を発表
- 漆塗りの5工程をあえて途中で止めて見せる「ぬりわけトレイ」が、現地バイヤー・メディアから高評価
- ヨーロッパでは漆器が樹脂製品と誤解されがちだった中、天然素材であることを一目で伝えるデザインが環境意識の高い消費者に刺さった
- ジェトロのマッチング事業を通じたフランス企業との1年間の協業から生まれた商品
- 山中漆器は石川県加賀市で400年以上続く伝統工芸産地で、わずか3ミリに十数本の線を彫る「千筋」など、世界に誇るろくろ挽き技術を持つ
完成させないことで、かえって完璧な説得力を持ってしまう。そんな逆転の発想が、400年の歴史を持つ産地から生まれてきたというのは、とても痛快な話だと思います。
見慣れた「完成された美しさ」だけが、ものづくりの正解ではない。作りかけの姿にこそ価値がある、という視点は、漆器に限らずいろいろな分野に応用できそうな考え方だと感じました。
参考にした情報源
- 伝統工芸企業が漆器の型にとらわれないオリジナル商品で海外市場開拓(日本、フランス)(ジェトロ)
- 100年紡ぐ山中の木地技術。浅田漆器工芸「asada」が拓く洋漆器の可能性(大日本市 by 中川政七商店)
- パリ〈DEJIMA STORE PARIS〉POP-UP開催のお知らせ(山中漆器 浅田漆器工芸公式)
