メスを使わずに、乳がんを治す。世界が今、日本の技術に注目している理由

がんの治療というと、多くの人がまず「手術で切除する」ことを思い浮かべるのではないでしょうか。

私自身もそうでした。がんが見つかったら、まずは切る。それが一番確実な方法だ、と。

でも最近、「手術をしなくても、がんを治せる」という技術が、日本で実際に成果を出していることを知りました。しかも対象は、決して珍しいケースではなく、60歳以上の早期乳がん患者さんたちです。

さらに調べていくと、この技術、実は「日本が世界で初めて実用化した」もので、今では台湾や韓国が、わざわざ日本製の装置を導入しているという事実まで見えてきました。

今日はその技術のすごさを、できるだけわかりやすくお伝えしたいと思います。

主役は「重粒子線」という、光の速さに迫る治療法

主役は重粒子線

この技術の名前は「重粒子線治療」といいます。量子科学技術研究開発機構(QST)が中心となって研究を進めているものです。

やっていることを一言で言うと、「炭素イオンを加速器で光速の70〜80%まで加速し、がん細胞めがけて撃ち込む」という治療法です。

スピードは光の70〜80%

正直、この説明を初めて読んだとき、SFの世界の話かと思いました。

粒子を光速近くまで加速するなんて、素粒子物理学の実験みたいな話が、実際の病院で、実際の患者さんの治療に使われているのです。

なぜ「切らずに」治せるのか

ここからが、この技術の一番面白いところ、凄いところです。

普通のレントゲンやガンマ線を使った放射線治療は、体の表面に近いところで一番強くエネルギーを放出し、体の奥に進むにつれてだんだん弱くなっていきます。

普通の放射線治療は、体の表面でダメージが大きくなりがち

つまり、がんの手前にある正常な組織にも、それなりのダメージを与えてしまうということです。

ところが重粒子線には、「ブラッグ・ピーク」と呼ばれる、非常にユニークな性質があります。

体の表面ではエネルギーが弱いまま通過し、狙った深さ、つまりがんの病巣に届いたところで、初めてエネルギーが一気にピークに達するのです。

イメージで言うなら、体の中を進むにつれてどんどん威力を増していき、目的地に着いた瞬間に最大の力を発揮する、そんな武器のようなものです。しかも狙った場所でピタッと止まるので、その先にある正常な組織にはほとんど影響が及びません。

ブラッグ・ピークのイメージ図

さらに炭素イオンは陽子よりも約12倍重く、がん細胞を破壊する力もX線の2〜3倍あるといいます。「狙ったところにだけ、確実に、強く効かせる」この技術の思想が、ものすごく合理的だと感じました。

炭素イオンは陽子よりも約12倍重く、がん細胞を破壊する力もX線の2〜3倍
がん治療の最前線 重粒子線療法の可能性を知る

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がん病巣を正確に狙い撃つ最先端技術
体への負担を最小限に抑えた治療法
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実はこれ、40年前に日本が世界で初めて始めた技術

ここでちょっと、技術そのものから離れて、この治療法の「出自」の話をさせてください。

重粒子線治療の歴史を遡ると、始まりは1984年。国のがん対策の一環として、当時の放射線医学総合研究所(現在のQST)が、がん治療専用としては世界初となる重粒子線加速器「HIMAC」の建設計画をスタートさせました。

1993年に完成、1994年から実際の治療がスタートしています。

つまりこの技術、海外で開発されたものを日本が輸入したのではなく、日本が世界で最初に実用化した、正真正銘の日本発の医療技術なのです。

日本が世界で最初に実用化した、正真正銘の日本発の医療技術

しかも、単に「世界初」という肩書きだけではありません。今では国内に7つの治療施設があり、これだけの数の施設で重粒子線治療を行っているのは、世界中で日本だけだといいます。

1994年の治療開始から2023年度までの累計治療患者数は、実に43,000人以上。約30年かけて、世界のどこよりも多くの臨床データと治療経験を積み上げてきたことになります。

30年かけて世界最多のデータを積み上げた

そして近年、その実力が海外からも評価され始めています。

2022年には台湾の台北栄民総医院が、2023年には韓国の延世大学医療院が、それぞれ日本製の重粒子線治療装置を導入した治療センターを開設しました。国内メーカーが作った装置が、台湾や韓国という医療先進国にわざわざ輸出されているのです。

今では台湾や韓国にも輸出されている

派手な発表があったわけでも、大きなニュースになったわけでもありません。

でも、40年かけてコツコツと実績を積み上げ、気づけば世界がその技術を頼りにするようになっていた。このゆっくりとした積み重ね方こそ、すごく”日本らしい”技術の育て方だなと感じました。

実際に出た数字が、また希望を持たせてくれる

平均6年以上の観察で驚くべき結果が出ました

技術の仕組みだけでも十分ワクワクするのですが、私が一番心を動かされたのは、実際の臨床試験の結果でした。

対象となったのは、60歳以上で、早期(ステージI)の乳がんと診断された12人の女性患者さんたち。手術を受けずに、重粒子線を1日1回、4日間だけ照射する治療を受けました。

その後、平均で6年以上(中央値73ヶ月)にわたって経過を観察した結果、5年後の生存率はなんと100%。がんが局所にとどまり続けた割合(局所制御率)も92%という、非常に良い成績が出ています。再発したのは12人中たった1人で、その方も手術でしっかり対応できたとのことです。

さらに驚いたのは、副作用の少なさと、見た目(乳房の形)がきちんと保たれた点です。痛みを伴うような皮膚の炎症はほとんどなく、乳房を切除せずに済んだ患者さんたちは、みなさん良好な状態を維持できているそうです。

再発は12人中1人のみ

「治療のために、大切なものを失わなくていい」これは、数字以上に大きな意味を持つ結果なんじゃないかと思います。

管理人が思うこと

日本の技術が未来を明るくする

がんと診断されることも、手術を受けることも、想像するだけで大きな不安を伴うものだと思います。まして「体の一部を失うかもしれない」という選択を迫られるのは、本当につらいことだろうと感じます。

そんな中で、「手術をしたくない」「手術が難しい」という方に、切らずに、しかも高い確率で治せるという選択肢が、日本の研究機関から生まれているというのは、素直にうれしいニュースでした。

しかも今回の研究はまだゴールではなく、対象となる患者さんの年齢層をさらに広げる試験や、たった1日で照射が終わる治療法の開発も進んでいるそうです。

この技術が、これから先もっと多くの人の「治療の選択肢」を広げていくのだと思うと、なんだか未来が少し明るく見えてきます。

光の速さに近づくほど加速された小さな粒子が、体の奥深くにあるがんだけをピンポイントで叩く。

そんな技術が、すでに現実の医療として存在していること。しかもそれが、40年かけて日本が育て、いま世界に輸出されるまでになった技術であること。この二つの事実が重なったとき、今日いちばん皆さんに伝えたかった「希望」の輪郭が、はっきり見えてくる気がします。


参考にした情報源